2010年4月4日日曜日

独言と会話


言葉を生業にしているが、言葉のない世界を強く意識している。

存在の持つリズム、というもの。
波長の同期。
こんな事は言葉にしても理解を得られないものの代表だけれど。

フィーリングが合ったんだよ。
直観でしょ。
なんて言うのは、たわいもない、その時の言葉かもしれないけれど。
僕は実はそれに尽きるとも思っている。

フィーリングが合ったんだよ。
直観でしょ。
を説明するために、その言い訳をするために、言語の歴史があったのだ、と言ってもあながち間違いではないとさえ考える。


色んな場所で書いたが、僕らの研究の中の大きな発見、業績は、直観を説明する力だ。
フィーリングに対する世間的な言い訳が、いかにうまいかだ(笑)


今回のスペインは。
こゆきが色んな場所に連れて行ってくれる。スペイン語の分からない連れ合いと共に。
物理的にも、心理的にも。
彼女らには、「言葉という障壁がない」。
言葉は障壁を取り除く以上に、障壁を作るものだ。


本当にやられる。
うちの連れ合いとうちの愛犬のグローバルさには(笑)
日本の大学の教育は全く間違っているね(笑)
…大学の教員の言う事ではありません、あしからず。

 

2010年4月3日土曜日

El monólogo de yuko 〜優子のひとり言〜: とうとう私が・・・・

El monólogo de yuko 〜優子のひとり言〜: とうとう私が・・・・

信仰と行列

未だ「宗教」が分からない。
いろいろ本なども読んだが、余計な知識が付くばかりで、あ、そっか、に到らない。
習慣、とか、しつけ、とか色んな他のタームで理解しようとするけれど、もちろんやはりしっくりこない。

大体こういうときは問題設定自体が間違っている。
つまり「宗教を分かる」、分かろうとするやり方が間違っているという事だ。
「分かる」ことは土台無理かもしれない、ということ。


連れ合いに言わせると、その宗教が身近にある、というのはもちろん習慣だが、最後は個人の信じる力だろうと。
身近にあったって、信じなきゃね。
それはそれで至極正しい。

分かろうとするやり方ではなく僕にも「分かる」のは、故郷で墓参すると、ぁあ、なんか気持ちいいな、ということ。
これは確かに感じる。
こういう事なのであろうか。
 

日曜のパスクア(イースター)に向けて、今週はセマナ・サンタ(聖週間)である。
昨日はマドリードのある通りで、その教区のイースターを祭る行列を観た。



民衆の熱狂と荘厳さに、分かりそうで分からない、もやもやした気持ち悪さが際立つばかりだった。

2010年4月1日木曜日

近所と安心

うちの玄関から南に徒歩20歩。
ずーーっと気になっていた。
間口の狭いバル。
地元の人間しか行かない、というか行けない。

昨日連れ合いとふたりで覗いた。
いいあんちゃん(おっちゃん?)、僕より五つ六つ年上がやっている。
地元に愛されるいい飲み屋だ。

一杯毎に立派なタパスを付けてくれて。
3杯も飲めば、もうお腹いっぱい。


今日は近所を散歩の後、こゆきを連れて。
こゆきを気に入ってくれて、こゆきも気に入って。


近すぎるいい行きつけになりそうです。
…近すぎる(笑)

 で、何か!?(笑)

2010年3月31日水曜日

慣性と摂取

随分とスペインの空気に馴染んできたものの、まだ覚束ない。

どこから馴染んでくるのか。
個人的には胃袋からかな。


胃袋ひとつと胃袋ふたつでは慣れ方も随分違う。
今回はそれに加えて、ちっちゃな胃袋ももうひとつある。

僕の胃袋だけであれば、お粗末なもので、アルコールが随分と仲介役をしてくれるため、慣れが早い。
連れ合いも食べるのが大好きだから、割とノリはいい。
しかし、僕と違って彼女の舌はかなり敏感で、うるさいと言えばかなりうるさい。
この10日で彼女のバルの好き嫌いは随分はっきりしてきた感じ。

その意味では。
ちっちゃな胃袋ちゃんが一番うるさかった。
水も飲まないし、パテ系のお食事も日数が経つと振り向きもしなくなる。
保存料は日本よりも随分と少ないのかも知れない。
やっと、この頃安定してきた感じ。

今朝までいらっしゃっていたA先生ご一家も、食を中心に旅行されていたように見受けた。
さすがに賢明だと思う。


大袈裟だが、「その国の構え」が食にはよく見えるから。


ところでスペインの構えは…
…まだ、分かったつもりにもほど遠い。

2010年3月29日月曜日

舞踏と闘牛

土曜は日本からいち早く訪西してきた大学の同僚である A先生一家と Café Chinitas というタブラオ(フラメンコなどのショーを見せるレストラン)に行った。
もちろん商業的な香りのプンプンするステージであるが、やはり本場は本場、魅せてくれる。


連れ合いも久しぶりに好きなフラメンコを見られて興奮していた。
落ち着いたら教室にも通いだすことだろう。

Café Chinitas に向かう プラサ・デ・サント・ドミンゴ周辺は、3年前に来た時は大工事中で気持ち悪かったが、ここも今は遠くまで見渡せるような広場になっている。



夜中の1時まで堪能した。

次の日曜は疲れて昼までゆっくり寝た。
昨日書いたようにサマータイムに変わったため、1時間損をしたような気分になりながら。

スーパーに買い物に行くと、マヨール通りにデモの集団。
「闘牛反対」のデモだった。


昔から文化としての闘牛擁護者と、動物愛護の反対派が鬩ぎあっている。
もちろん近代に入ってからでしょうがね。
これは永久に争うべきであると思う。
どちらかが勝ってはならないし、どちらかを勝たせるようなスペイン社会にするべきではない。

闘牛にはスペインの美意識の根幹があると思う。
歴代のアーティスト達は敏感にそれを感じ取ってきた。
絵や音楽や文学や。

叱られる事を承知で言うなら、
闘牛反対のデモに出ながら、闘牛場に行けばいいと思う。
闘牛を知らない若者達は。

どこぞやのクジラやイルカの問題もひっかかる。
文化を知らない、尊敬しない、あるいはそれを見ないようにして踏みにじろうとする人間達の顔は、大体同じ匂いがする。

もちろん愛犬を持つぼくは、四足獣に対する愛は人一倍強い事を知ってもらった上の話しで。

時間と空間

今日、サマータイムになった。
夜中の2時が3時に。
1時間先取りするために昨日まで4時だったはずの今がもう5時。
という事は、今の季節で8時過ぎまでは明るいはず。
これが夏になると10時くらいまで明るいことになる。
朝は比較的遅くまで暗い。

さて、今日は日曜日。
先程、こゆきの散歩に行ってきた。
今はとりあえず、王宮周辺を歩く事にしている。
どうぞご覧下さい。



ついでに日本でこゆきの大好きな井の頭散歩もどうぞ。
数週間前なのに、もう懐かしいな。