2012年10月20日土曜日

時間は反復と逸脱で

おー、随分振りの更新。
少しペースを戻そうと思い。

春からNHKのラジオが始まり、それに追われながら時間を過ごした。
7月にその収録が終わった頃から、肺癌を患っていた母の容態が悪化して、8月に逝った。
喪主を務めたので、身内の葬式の後の大変さに振り回されながらあれからはや2ヶ月か。
ラジオは最後まで聞かせてやりたかったが。

故人は記憶に生きる。
いや、人の記憶にしか生きられなくなるのが故人だ。
人の生を振り返ると、振り返るたびに違うページがめくられる。
というのがこれまでの経験だったが、最後の看病が壮絶だったので、まだ健康な頃の母の陰があまり思い出せない。
本の後ろの方にしか手が伸ばせない感じだ。
もうちょっとストレッチしたら、いろいろ思い出してもくるかな。


秋が始まって空気の色も変わってきた。
田舎の山はみかんの山吹色に染まる季節だ。

2012年6月9日土曜日

祈りは透明と鳴声で

実家は海岸と山に挟まれたわずかな土地にある。
山の斜面はみかん畑で、段々だ。


その実家から波止場に出て振り返って山を見上げた一角にうちの集落の墓場がある。
実家に帰るとかならず一度は墓参りをする。
今回の帰省でも東京に戻る直前に墓参した。

あれはもう40年近くも前になるか…
うちの実家の周辺はほぼ皆、みかん農家で、うちも例に漏れず、当時は専業だった。
都会の鍵っ子のような訳にもいかず、昼間はよく近所のトシばあちゃんの家に預けられた。
年寄りが家を守っている家庭が近所にあると、よくそこに預けられた。
年寄りと言っても当時、まだトシばあちゃんは50くらいだったろうな。
預けられる、といってもみかんの収穫期になるとほぼ丸一日トシばあちゃんと過ごすこともあった。
40年前のおぼろげな記憶の中に、トシばあちゃんが鮮明に映っている心の写真が何枚かある。

数週間前、そのトシばあちゃんが亡くなった。
あれほどお世話になったにも関わらず、忙しさを理由に今回の帰省まで手を合わせに行くことができなかった。
近所のおばあちゃんだったのだが、家族同様の熱を持った共通の思い出がある。。。これが田舎という空間だ。

墓場まで山を登って行き、まず実家の墓を見た。
トシばあちゃんの墓はうちの墓のとなりにある。
それから、トシばあちゃんの入っている墓を見た。
とそのとき、右手のみかん原の方から濃い緑色の手のひらほどの鳥が、すうっと近くの木の枝のところまで飛んできて止まった。
そして僕の拝んでいる横で、キューキューと高くも低くもない声で鳴き始めた。
僕が手を合わせて墓に向かっている間、キューキューキューキューと鳴き続けた。

何を考えるともなく、
「あぁ、トシばあちゃんが会いに来てくれたな」
と心が感じた。

キューキューキューキュー…
キューキューキューキュー…

僕が両手を外して、その鳥の方を向いてからもしばらくの間、そう鳴き続けた。
色々な思い出と潤んだ目で、山の斜面から海を見下ろしたとき、その緑色の鳥は、傍らから海の方へ向かって飛んで行った。
もう鳴くのは止めていた。


あぁ、トシばあちゃんが会いにきたのだ、と改めて鳥の行方を目で追った。
トシばあちゃんに会えて本当によかったなぁ。


2011年12月25日日曜日

時間は余裕と散歩で

3ヶ月半振り。
この3ヶ月も人並みにいろいろとあり。
何と言っても、恐らくこの人生でもっとも忙しい時間を過ごしている。


人間がしっかりして行くことと何事に対しても柔軟な姿勢でいることは。
やはり「言葉」通り相反する面が多い。
しっかりして行けばまだ救われるが、筋肉が固くなって行くように心も体もただ固くなって行くだけではどうしようもない。


15年前に大学院を目指してスペインに行ったときに。
色んな環境の変化を肌で感じ、外から内を眺める機会にも恵まれて。
これからはどれだけ捨てて行けるかが大事だ、と思い。
それを意識して来たつもりだが。
実際、捨てるどころか余計なものをしょってしまったり、捨てるつもりはないのに思いがけないものを失ったりすると、フラフラな自分に愕然とする。


…などと考えることが実は、いろいろなものを捨て切れていない証拠であって。
不惑などとはほど遠く。
もうすぐ本厄も明けるが、来年はさらに波乱万丈の風。

…と、ほんとーに久しぶりにこゆきと散歩をしながら考える年の暮れです。


皆さん、よいお年をお迎えください。

2011年9月7日水曜日

変化は微細と大胆で

移動の多い夏である。
恐らく十何年振りの田舎での長期滞在。
…とは言っても合計して1週間くらいだけれど。

台風のときには雨戸を閉める。
この雨戸の出し方、しまい方を知る、同年代や教え子は居るまい。


台風が去った後、大雨の後は魚がよく釣れることを知る同年代や教え子は居るまい。


カモメが沖を見るのが好きなことを知る同年代や教え子は居るまい。


台風のお尻はいつも輝いていることを知る同年代や教え子は居るまい。


伊予では流しそうめんをそうめん流しというのが一般的であることを知る同年代や教え子は居るまい。


さて、以上の「居るまい節」どれが本当でどれが嘘でしょう。
これが分かる同年代や教え子は「居るまい」。

2011年8月25日木曜日

混沌は濃緑と濃藍で 2


小論理と大混沌の話の続きであるが。
少し教育の仕事に近づけて考えると。


小賢しい大人の小論理が、子ども・学生の大混沌を押さえられるわけがないのである。
しかも、小論理の論理が時代を経て一部変遷したりもする。
かつ、多くの大人がその小論理をうまく言語化できない。


小論理を学ばせるなら、固定化した言葉を読む方がよっぽど良い。
僕らがグタグタ言うより立派な諸先輩型が良い本をたくさん残してくれている。


とすると、僕らには何ができるのか。
ひとつに学ぶ環境を作ってあげるということ。
あとは、言葉は悪いが、一緒に遊んであげること、かっこつければ、一緒に学ぶことしかないと思う。
幼稚園から大学まで、同じか。
そりゃそうだ。

2011年8月24日水曜日

混沌は濃緑と濃藍で


都会の小論理が田舎の大混沌(カオス)を治められるはずがない。


テレビの、政権争いやタレントの進退など大混沌にとってみればなんのことはない。
小論理の中で小難しく装った茶番は、録音された小説。
分かり易いストーリを二重にも三重にも重ねて難しく見せる。


一方大混沌は、筋が見えない。
見えないが全体として非常に分かり易く美しい。
そのコアが見えないままに全てが合理的である。
そう、僕らは感じる。


小論理が大混沌を乗り越えようとするとき。
起こることは大体分かっている。
オーバーフローした出来事は、もはや確認するまでもなく、僕らの身の回りに。


僕らの小論理がどれだけ小さいのかをもう一度確認するには。
やはり一度、混沌に押しつぶされてみるしかないのかもしれない。


原チャで田舎をたらたら走りながら考えたこと、さっき。
実家に帰省中の身であります。


2011年8月14日日曜日

初物は驚嘆と快哉で

初体験は、いつでも何でも刺激的だ。


抜ける前のセミとの出会い。
誰ですか、あなたは?

抜け出した後の箱は、田舎の匂いと送り主の気配が漂う。


抜け出したやつのひとつが、冷蔵庫に入るには少し大き過ぎて。
割る。


夏の気配が部屋に充満。
飲み助にとって、酒の後の西瓜は格別。


珍しく連れ合いが僕の晩酌にしっかり付き合ってくれて。
そのつまみは六月始めに学会に行ったマドリードで行きつけのバルの店主が切り分けてくれた、ケソ・マンチェゴ。
もう固くなって厳しいかな、という僕らの予測を見事に裏切ってくれて。
日本酒にチーズ。

西瓜は櫛形。
これが一番美味しい。


チーズはちょっと興味があるけど、それ以外は…のお方が。
画面の向こうでふて寝する夏の宵。


そして!
9月にひとりで行って参りやす。
「あの」後、初めての東北。


こういうことがないと腰の重い人間ですが。
色々見て来よう。