学生来訪者3人目。
彼女はこれからスペイン東方の地中海の街アリカンテで1年間を過ごす。
友達がくれたというアルパカと一緒に。
夜、遅く着いたのでそのまま休んで、次の日はいつもの通り。
イーリスで朝食をとって。
こゆきの散歩に付き合ってもらいながら、マドリード観光。
Kさんにはこゆきの方から近づいて行く、という珍しさ。
Kさんの方が戸惑っていた。
ひとつハプニングが。
この日は土曜日で、彼女は昼頃から電車でアリカンテに行く予定だったのだが。
朝起きてすぐに、RENFE(スペイン国鉄)のページで予約をしようとすると。
…そうだよなぁ。
8月に向けての週末に地中海に向かう電車が空いているはずがない!
急遽、バスを探すと、昼に発って6時間かけてアリカンテに着く便に、なんとか6席くらいの空席が。
朝に気付いてよかったなぁ。
そしてバス・ターミナル。
ごった返すホームに、増発便などの予定外のスケジュールが相まって。
混乱、混乱。
それでも彼女は旅立って行きました。
1年、必ずや、大きな財産になることでしょう。
2010年8月1日日曜日
2010年7月30日金曜日
極暑と発汗
あ”ぁ”〜、また暑くなってきた、スペイン。
去年に比べると暑くない、…という比較の問題ではなくなってくる(笑)
ということでスペイン、夏、バケーション、小ネタ。
行きつけの安スーパー。
自社ブランドが多い。
ディア・コーラ・ライト、30円なり。
若干薄い。
「散歩、この時間はもうやだ、足、熱いもん。…早起きしてくれぃ!」
「ごめん」
バルもこれからひと月は休みになるところが多い。
行きつけのバル、もう既に3軒休みに突入(泣)
ニカの店イーリスはまだやっている。
しかしここも8月5日からひと月休み(泣)
ということで8月にいらっしゃる皆さま、ごめんなさいよ。
「バケーション中、雨が降ったら、ホテル代返しますっ!」
という旅行会社の広告。地下鉄の壁に。
…まじかっ!(笑)…熱帯雨林に行ってもかっ!(笑)
…と即突っ込んだ(笑)
…えーっと、熱帯雨林にわざわざバケーションには行かないわな。
ビーチの話でした。
それにしてもな…、で、おあとがよろしいようで。
去年に比べると暑くない、…という比較の問題ではなくなってくる(笑)
ということでスペイン、夏、バケーション、小ネタ。
行きつけの安スーパー。
自社ブランドが多い。
ディア・コーラ・ライト、30円なり。
若干薄い。
「散歩、この時間はもうやだ、足、熱いもん。…早起きしてくれぃ!」
「ごめん」
バルもこれからひと月は休みになるところが多い。
行きつけのバル、もう既に3軒休みに突入(泣)
ニカの店イーリスはまだやっている。
しかしここも8月5日からひと月休み(泣)
ということで8月にいらっしゃる皆さま、ごめんなさいよ。
「バケーション中、雨が降ったら、ホテル代返しますっ!」
という旅行会社の広告。地下鉄の壁に。
…まじかっ!(笑)…熱帯雨林に行ってもかっ!(笑)
…と即突っ込んだ(笑)
…えーっと、熱帯雨林にわざわざバケーションには行かないわな。
ビーチの話でした。
それにしてもな…、で、おあとがよろしいようで。
2010年7月28日水曜日
送付と時間
高校時代の大親友に頼まれたら断れまい。
というのは、嘘で。
結構楽しんでやった。
どこにいても、知らない世界をのぞくのは楽しい。
このページの左の "Amigos" の欄に「遊体力学」というリンクがあるが。
僕の高校時代の同級生で、兵庫在住の一級建築士、飲みも一級のF君である。
彼がアウトドアグッズおたく。
アウトドアおたくではない。
グッズおたく(笑)
…あ、もちろん、集めるだけではなくて、キャンプもやるんだけど、それはリンク先で確認して下さい(笑)
彼が、だ。
スペインからあるテントを購入して送れ、と指令を出してきた(笑)
それも、廃番になる、スレスレのやつ。
「廃番」とか「廃番スレスレ」はたまらないらしい、奴には(笑)
探しましたよ、足とネットを使って。
そしてあるテントを、買って送った!
証明書付きの国際小包は、今は送付経過がネットで辿れる。
それがとっても面白くて。
ご覧あれ。
スペイン内でかかった、不明のながぁい日数。
そして日本到着後の迅速さ。
プラス、日本に入ってからの細かい通達。
おかしくてねぇ(笑)
この一枚に色んなことがつまっています。
というのは、嘘で。
結構楽しんでやった。
どこにいても、知らない世界をのぞくのは楽しい。
このページの左の "Amigos" の欄に「遊体力学」というリンクがあるが。
僕の高校時代の同級生で、兵庫在住の一級建築士、飲みも一級のF君である。
彼がアウトドアグッズおたく。
アウトドアおたくではない。
グッズおたく(笑)
…あ、もちろん、集めるだけではなくて、キャンプもやるんだけど、それはリンク先で確認して下さい(笑)
彼が、だ。
スペインからあるテントを購入して送れ、と指令を出してきた(笑)
それも、廃番になる、スレスレのやつ。
「廃番」とか「廃番スレスレ」はたまらないらしい、奴には(笑)
探しましたよ、足とネットを使って。
そしてあるテントを、買って送った!
証明書付きの国際小包は、今は送付経過がネットで辿れる。
それがとっても面白くて。
ご覧あれ。
スペイン内でかかった、不明のながぁい日数。
そして日本到着後の迅速さ。
プラス、日本に入ってからの細かい通達。
おかしくてねぇ(笑)
この一枚に色んなことがつまっています。
2010年7月27日火曜日
大学と時間
学生来訪者、ふたり目。
とはいっても、彼女は先月末から半年間在西の予定。
週末、マドリード観光をしに、北の町、ソリアからバスに乗ってやってきた。
なんか、立派なカメラを持って。みんなの注目の的。
いつものようにこゆきの散歩がてら、マドリードの観光をして。
こゆきも日本人の方が落ち着くようで、慣れが早い。
Aさんには特になつくのが早かった。
柔らかいんだな、物腰が。
そして、バルで、うちで、色んな話をした。
ちょっとアナロジックにいえば。
スペイン人は本当に身の丈を知っている。
それは未だ残る、貴族・平民文化の社会的構成もあるが。
未だ、貴族は貴族だし、平民は貴族にはなれない。
マイナスの意味ではなく、自分の身の丈を知って、そこで本当に一生懸命頑張る。
身の丈を知ると、余計なプレッシャーがなく、楽しみながら頑張ることが出来る。
そして実力を発揮できる。
象は蟻になれないし、蟻は象のようには歩けない。
無理をすると、隣の象に踏みつぶされてしまう。
日本という国はブランド社会で、物質的にもそうだが、精神的にそうなのが少し困ったところだ。
ビトンやチャネル(スペインではシャネルをこう呼ぶ(笑))は買えるが。
精神的、社会的な、例えば身分や、学歴、というのはお金ではなかなか難しい。
最近では、セレブ、なんてのがそうかも。
皇族になるのは難しいが、日本は出世して成り上がることが割と簡単な国だ。
出世ってなに?っていう純粋な疑問は置いといて。
そこで、セレブ、というブランドを冠したりする。
成り上がりは「セレブ」とは呼ばないのかな?でも今は一緒になってるよね。
「どう成功したか」が大切なのに「セレブ」というひとくくりになる。
「東大」でどう勉強したかが大事なのに「高学歴」でひとくくりにして判断する。
どのように高機能で丈夫なものかを確かめもせずに「ビトン」だから買う。
僕は世代論が大嫌いだが、日本って「〜世代」って好きでしょ。
ブランドで判断するのは、つまり、そこで思考を停止している、ということ。
というような話をしたわけです。
シュウカツ前のうら若き乙女と、そして、百戦錬磨の連れ合いと、知らんぷりのこゆきと(笑)
スペインはブランドはないなぁ。
ひとり一人がミニブランドのように濃い。
これは見習わなくちゃ。
そして裏返すと。
みんな楽して幸せになりたいよなぁ、と叫んでいた、忌野清志郎が、そのままスペインでは生きているような気がするのは僕だけかな(笑)
とはいっても、彼女は先月末から半年間在西の予定。
週末、マドリード観光をしに、北の町、ソリアからバスに乗ってやってきた。
なんか、立派なカメラを持って。みんなの注目の的。
いつものようにこゆきの散歩がてら、マドリードの観光をして。
こゆきも日本人の方が落ち着くようで、慣れが早い。
Aさんには特になつくのが早かった。
柔らかいんだな、物腰が。
そして、バルで、うちで、色んな話をした。
ちょっとアナロジックにいえば。
スペイン人は本当に身の丈を知っている。
それは未だ残る、貴族・平民文化の社会的構成もあるが。
未だ、貴族は貴族だし、平民は貴族にはなれない。
マイナスの意味ではなく、自分の身の丈を知って、そこで本当に一生懸命頑張る。
身の丈を知ると、余計なプレッシャーがなく、楽しみながら頑張ることが出来る。
そして実力を発揮できる。
象は蟻になれないし、蟻は象のようには歩けない。
無理をすると、隣の象に踏みつぶされてしまう。
日本という国はブランド社会で、物質的にもそうだが、精神的にそうなのが少し困ったところだ。
ビトンやチャネル(スペインではシャネルをこう呼ぶ(笑))は買えるが。
精神的、社会的な、例えば身分や、学歴、というのはお金ではなかなか難しい。
最近では、セレブ、なんてのがそうかも。
皇族になるのは難しいが、日本は出世して成り上がることが割と簡単な国だ。
出世ってなに?っていう純粋な疑問は置いといて。
そこで、セレブ、というブランドを冠したりする。
成り上がりは「セレブ」とは呼ばないのかな?でも今は一緒になってるよね。
「どう成功したか」が大切なのに「セレブ」というひとくくりになる。
「東大」でどう勉強したかが大事なのに「高学歴」でひとくくりにして判断する。
どのように高機能で丈夫なものかを確かめもせずに「ビトン」だから買う。
僕は世代論が大嫌いだが、日本って「〜世代」って好きでしょ。
ブランドで判断するのは、つまり、そこで思考を停止している、ということ。
というような話をしたわけです。
シュウカツ前のうら若き乙女と、そして、百戦錬磨の連れ合いと、知らんぷりのこゆきと(笑)
スペインはブランドはないなぁ。
ひとり一人がミニブランドのように濃い。
これは見習わなくちゃ。
そして裏返すと。
みんな楽して幸せになりたいよなぁ、と叫んでいた、忌野清志郎が、そのままスペインでは生きているような気がするのは僕だけかな(笑)
2010年7月24日土曜日
査証と旅行
スペインに来てビザの印刷ミスで色々あったが、しばらく前に身分証明書も出てそれも落ち着いた。
来て4ヶ月になるが、早、8ヶ月先の帰る際の準備がいくつか必要になる。
ひとつは1年オープンで取った航空券の帰りのチケットの確定。
1年前には1年後のフライトプランがまだないらしく、仮押さえで別の便を取っていたが、それを改めて帰る当日のものに変更。
もうひとつはこゆきの狂犬病予防接種。
帰るまでに一度こちらでやって、証明書をもらう必要があった。
昨日、それを実行。
その際に、しばらく先にフランスやイタリアにこゆきも連れて行く予定があるので、ペットパスポートも作っちゃおうということで。
これがあると、イギリスを初めとする一部の地域を除いて、こゆきはEU内を自由に行き来できるのだ。
ちなみに国内線(EU内線)だと飛行機1機に乗せられるペットは2頭まで。
一番後ろの2席だと思う。
そして狂犬病予防の証明。
別途、帰国用のペット輸入証明書にも記入してもらった。
日本の入国手続きで一番大変なのは僕らではなく、こゆき。
島国には動植物の持ち込みが難しいのだ。
イギリスも然り。
ヨーロッパ内は、しかし、ペットの移動は本当に自由です。
うらやましい。
2010年7月23日金曜日
経験と理解
では、「正義」や「愛情」はないのですか?
と問われれば、ある。
最初からある。
「正しい」は僕らの中に最初からあるのだ。
親や社会から教えられなくてもある。
言葉を他人と共有しなくてもある。
ないものは分からない。
あるものしか分けられない。
「正」を共有しようとしてその過程で失敗する惨事よりも、残念ながら何らかの事故や障害でこの「正」を持てなくて起こる事件は悲惨だ。
皆が分からない。
また無理に分かろうとしてより悲惨な方向へ行きかねない。
現代の人って、分からないものを分からないままに分かる、分からないものとして分かるのが不得意。
個人の歴史を見ても、言葉は最初から全て揃ってあったはずだ。
それを一生懸命理解して覚えようとしてきた。
人類の歴史を見てもそうなのだ。
人類は言葉を一生懸命理解して覚えようとしてきた。
「はじめにことばありき」
中高時代に古文を読んで、なんで分かるんだろうと不思議だった。
経験を共有してないのにどうして言葉を共有できるのか。
千年前に人の言った、書いた言葉が「分かる」のか。
たくさん誤解しつつも。
時間を空間に換えれば、外国語の習得も同じ。
反対だった。
初めからあった言葉が、今の僕と千年前のあの人の経験をクロスオーバーさせてくれようとするのだ。地球の裏側の人の生活を手元に引き寄せてくれる。
言葉以前の言葉を言葉が教えてくれようとする。
個人の歴史では、あなたのいない(本当にいなかったのか?(笑))時空の経験を、言葉というタイムマシーン&どこでもドアがあなたの経験の中に入れようとする、という何ともSFちっくな。
経験とか生活を共有する、という言い方も、こうなってくると正確ではない。
言葉の持つあの神妙な息づかいを嗅ぎ取る。ときに自分の経験に照らし合わせながら。
…その行為を意味っていうのかなぁ。やっぱり大変だこりゃ。
…ね、こゆき。
と問われれば、ある。
最初からある。
「正しい」は僕らの中に最初からあるのだ。
親や社会から教えられなくてもある。
言葉を他人と共有しなくてもある。
ないものは分からない。
あるものしか分けられない。
「正」を共有しようとしてその過程で失敗する惨事よりも、残念ながら何らかの事故や障害でこの「正」を持てなくて起こる事件は悲惨だ。
皆が分からない。
また無理に分かろうとしてより悲惨な方向へ行きかねない。
現代の人って、分からないものを分からないままに分かる、分からないものとして分かるのが不得意。
個人の歴史を見ても、言葉は最初から全て揃ってあったはずだ。
それを一生懸命理解して覚えようとしてきた。
人類の歴史を見てもそうなのだ。
人類は言葉を一生懸命理解して覚えようとしてきた。
「はじめにことばありき」
中高時代に古文を読んで、なんで分かるんだろうと不思議だった。
経験を共有してないのにどうして言葉を共有できるのか。
千年前に人の言った、書いた言葉が「分かる」のか。
たくさん誤解しつつも。
時間を空間に換えれば、外国語の習得も同じ。
反対だった。
初めからあった言葉が、今の僕と千年前のあの人の経験をクロスオーバーさせてくれようとするのだ。地球の裏側の人の生活を手元に引き寄せてくれる。
言葉以前の言葉を言葉が教えてくれようとする。
個人の歴史では、あなたのいない(本当にいなかったのか?(笑))時空の経験を、言葉というタイムマシーン&どこでもドアがあなたの経験の中に入れようとする、という何ともSFちっくな。
経験とか生活を共有する、という言い方も、こうなってくると正確ではない。
言葉の持つあの神妙な息づかいを嗅ぎ取る。ときに自分の経験に照らし合わせながら。
…その行為を意味っていうのかなぁ。やっぱり大変だこりゃ。
…ね、こゆき。
理解と経験
言葉には形式と内容がある。
ごく簡単に言うと、その場合の形式とは、音声や文字で、内容とはそれらの言葉が表す意味、言葉によって皆が理解している「あれ」だ。
意味、は本当に難しい。
またまたごく簡単に大ざっぱに言ってしまえば。
「意味」とは話者同士の経験の共有、あるいは照応、とも表現できる。
では日常、明確に体験できない言葉の意味はどうなるんですか?
例えば、概念、の「正義」とか「愛情」とかいった抽象名詞は?
これは多くが「言葉でもって」言葉の意味を体験する。
つまり、本で読んだり、人との話の中でその言葉を聞いたり、メディアできいたり。
そして、ある特定の状況や、自分の心や頭の中で、ぼんやりと、じんわりと感じている感覚とその「言葉」を勝手に結びつけて、その「言葉の意味を理解しようとする」。
「意味を理解しようとする」というのは、繰り返すが、他の人と経験を共有した、あの人はこの言葉でこの感覚のことを表現しようとしているのだ、と自分が納得すること。
だから、「正義」とか「愛情」とかいう言葉は、形式(音声や文字)は共有されていても、意味は殆ど各自が勝手に定義していると言ってよい。
「リンゴ」と言って、種類や色は様々であれ、リンゴを差し出すことは出来る。
「正義」と言って無理に差し出そうとすると、大体いい加減な、他方から見ると「悪」であるということになりかねない。
近代の歴史をみれは歴然で…。
「わたしはお腹が痛いのよ」
こゆきは下痢をすることでしかそれを表せない。
今回発見したのは、暑いときと同じように舌を出して暑くないのに、ハァハァ、やってるのは「苦しい」という彼女の言葉である、ということ。
そして、下痢をする様を他人には見られたくない、という彼女の行動。
僕が席を外したときにだけ、する。
だからハァハァしてるときは少し居なくなってやればいい。
経験でしか紡げない彼女達の「言葉」は理解してやると本当に純粋だ。
「正義」や「愛情」なんていう抽象概念が本当に低俗に思えてくる。
そして、反対に、動物であれ人間であれ、一緒に同じ経験をする、ということの大切さも見えてくる。
言葉は、同じ経験、同じ生活の上で本当の力を発揮する。
頭だけでこね回した言葉は、危険である。
言葉以前の言葉を大事にすることだなぁ。
と今回のこゆきゲリピー事件で考えたこと。
ごく簡単に言うと、その場合の形式とは、音声や文字で、内容とはそれらの言葉が表す意味、言葉によって皆が理解している「あれ」だ。
意味、は本当に難しい。
またまたごく簡単に大ざっぱに言ってしまえば。
「意味」とは話者同士の経験の共有、あるいは照応、とも表現できる。
では日常、明確に体験できない言葉の意味はどうなるんですか?
例えば、概念、の「正義」とか「愛情」とかいった抽象名詞は?
これは多くが「言葉でもって」言葉の意味を体験する。
つまり、本で読んだり、人との話の中でその言葉を聞いたり、メディアできいたり。
そして、ある特定の状況や、自分の心や頭の中で、ぼんやりと、じんわりと感じている感覚とその「言葉」を勝手に結びつけて、その「言葉の意味を理解しようとする」。
「意味を理解しようとする」というのは、繰り返すが、他の人と経験を共有した、あの人はこの言葉でこの感覚のことを表現しようとしているのだ、と自分が納得すること。
だから、「正義」とか「愛情」とかいう言葉は、形式(音声や文字)は共有されていても、意味は殆ど各自が勝手に定義していると言ってよい。
「リンゴ」と言って、種類や色は様々であれ、リンゴを差し出すことは出来る。
「正義」と言って無理に差し出そうとすると、大体いい加減な、他方から見ると「悪」であるということになりかねない。
近代の歴史をみれは歴然で…。
「わたしはお腹が痛いのよ」
こゆきは下痢をすることでしかそれを表せない。
今回発見したのは、暑いときと同じように舌を出して暑くないのに、ハァハァ、やってるのは「苦しい」という彼女の言葉である、ということ。
そして、下痢をする様を他人には見られたくない、という彼女の行動。
僕が席を外したときにだけ、する。
だからハァハァしてるときは少し居なくなってやればいい。
経験でしか紡げない彼女達の「言葉」は理解してやると本当に純粋だ。
「正義」や「愛情」なんていう抽象概念が本当に低俗に思えてくる。
そして、反対に、動物であれ人間であれ、一緒に同じ経験をする、ということの大切さも見えてくる。
言葉は、同じ経験、同じ生活の上で本当の力を発揮する。
頭だけでこね回した言葉は、危険である。
言葉以前の言葉を大事にすることだなぁ。
と今回のこゆきゲリピー事件で考えたこと。
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