2010年6月24日木曜日

季節と色彩

季節には色がある。

ちょっと前に、「景観」は人も含む、と書いた
家を一歩出ると、その景観の中に僕らは入り込むわけだ。
もちろん家の中だってひとつの景観であるのだが。


スペインの景観。
3ヶ月前、来た当初は、馴染めない景観に外に出ると体のどこかがいつも反応していた。
頭も体の一部。


それが、慣れ、という人間の優れた能力と。
それなりに周りを観察してきたことで。


随分と、景観に過剰反応しないようになった。
人が景観に馴染むように、景観も人に馴染む。
周りのスペイン人と僕らが馴染む、仲良くなる、という言い方が分かり易いかな。
ひとつの例として。


スペインの夏の緑もなんか自分たちのもののように感じ。


青空も、息を溜めずに、きれいだね、と、言うように。


本当は自分たちの景観にはなかった季節の色にあまり驚かなくなった。

それでも、時々ふと気付くと、やはり僕らは少し緊張して歩いていたり…。
それは、ちょうど地面の上数ミリに浮かんでいる感じ(笑)


その意味で、以前も今も一番景観に馴染んでいるのは、こゆきだな。


国際的とはやはり、矛盾しているが、国際的ではないことなんだな。
なぁ、こゆき。


お前の目に映る、スペインの景観って、どんなんだ?

2010年6月22日火曜日

表面と泥酔

虫の知らせ、というのはある。
僕らは個人個人で生きているように「表面上」見えるが、根っこはしっかりひとつだからだ。
どこかで何かが起こると、そして、それが自分のルーツ(根っこ)に関連するものだと、ビビッときて不思議はない。
むしろ来ない方が僕に言わせれば不思議なくらいだ。

僕らは「言葉」を始めとして「表面上」に惑わされることが上手になった。
むしろ、「表面」しかない、くらいになった。
根っこを感じることが不得意になった。

しかし、単純な話。
他人が泣いていたら、悲しい。それが自分の身の回りの人だったらそれだけ悲しい。
これは、「言葉を聞いているときに相手が使っている脳の部分と同じ自分の脳の部分が活性化される」というような、「科学的」説明を受けるまでもないことだ。

ほぼ日で連載された野村潤一郎の「いきものの先生」の中で犬と飼い主のテレパシー(『根っこ』を表すためにいろんな表現があるものだ(笑))の話があった。
おぅ、これもそうだそうだ、と。
なんで、僕らはプリミティブなことが分からなくなったのだろう。いや、分かろうとしなくなったのか。
色んな難しい話は分かるのにね。

で、先日。
連れ合いがうまい具合に気付いて。
こゆきと僕らのつながりを。
この時間を考えると僕が建物に入る前からもう分かっている。
うちは建物の4階にある。
流石、言葉を覚えようとしない彼らはこれらのプリミティブな感覚が冴えている。
耳がいいとか、鼻がいいという、所も含めてね。



あ、途中から出てくる酔っぱらいは無視して下さい(笑)

2010年6月21日月曜日

応援と勝敗

今週末は色々とあって遅くなった。
明日はもうスペイン-ホンジュラス戦だ。
う〜む、本当はどちらにも勝って欲しいカード(笑)

で、この前のスペイン-スイス戦のときのバルでの応援模様です。
想像よりも落ち着いた感じに見えると思うが、最高に盛り上がって慌ててカメラらのスイッチを入れる、という順序なのでどうしても最高潮には間に合わない。


さて、明日はどうなることやら。
いのしし魂は発揮されるか!?

2010年6月16日水曜日

偶然と再会

前にも、僕には「バッタリ運」がある、と書いた。
またまた、その運命の女神がウインクした。
この前書いた韓国人のスペイン語研究者、リンさんとの再会である。
彼とは10年前、マドリード・コンプルテンセ大学の授業で知り合った。
とは言え、もうそのとき既に彼は大学の教員で、今回の僕と同じサバティカルで来ていた。
その後、韓国で行われたスペイン語の学会などで数度顔を合わせてはいたが、最後に会ったのは6年以上前だと思う。

4、5日前の晩。
その日は一日、僕もデスクワーク尽くめで、連れ合いも語学学校帰りで疲れていた。
バルで軽く夕飯取ろうか、でも、うち周辺はもう行き尽くしたし、ちょっと気分転換に少し歩いて開拓しようか、ということになった。

グラン・ビアから北にある、オルタレサやフエンカラルという特に近年若者に人気の通りまで散歩してみようと。
気まぐれに。
ゲイの街、チュエカ近くで良いバルを見付けて軽い夕飯。
ほろ酔い気分で帰っていると、どこかで見た記憶のあるアジア顔。
お互いが同時に、あれっ!?
握手の手を伸ばしながら、お互いがお互いの名前を思い出しつつ……
…だよねぇ!!、という感じで。
慶熙大学のスペイン語学科の先生。
数名の学生らしき連れと歩いてた。



雨後の景色は冴え渡るのだが。


出会いも雨も、突然、は心臓によろしくない…(笑)

2010年6月15日火曜日

晴間と小宴

日本、カメルーンに勝ったようですね!
シエスタ(昼寝)中だったのだが、韓国人の研究仲間リンさんからの「おめでとう、やったね」メールで起きた(笑)彼についてはまた明日話さねば…。
もちろん、こちらスペインはまったく日本の試合には無関心なので開始時間を忘れてた…

昨日うちでマドリード初のフィエスタ(パーティー)をした。
こちらの Liga Española で頑張っているりょうた君とそのノビアのまゆこさんを招待して。
そのときに、カメルーン強いよね、という僕に、りょうた君が、いや、いまカメルーンのチーム、中で分裂してるみたいだから分かりませんよ、と。
そのりょうた君の視線は的を得ていたことになる。

りょうた君は来期、指導者のライセンスを取るこちらの講座に出る。
長年の夢であったらしい。
心から応援したい。
日本に一番足りないのは、指導者だ。


まるで梅雨のような1週間の雨模様を忘れさせる青空。
夕方のフィエスタのために、朝方、こゆきの散歩がてら、ラストロ(蚤の市)に。

途中のプラサ・マヨールも気持ちイイ〜。


影と青のコントラストが目に沁みる。


ラストロに着くと、この時期だから。
サッカーの小物を売る店がいつもより軒を連ねる。
連れ合いが「スペインのユニホーム欲しいけど、もっとちゃんとしたのが…」(笑)
7€だもんな(笑)750円。


明後日は、いのししスペインの登場ですよ。
「いのしし」とはこの前、行きつけのバル、イーリスでバル仲間のペペと今回のワールドカップについて話していたときの。
「お前らも知ってる様に俺たちは『いのしし』だからな、まぁ、見てな」

りょうた君も、今回のスペインは、やる可能性が高いですね、と。

明日、Tシャツを買って、明後日はイーリスで観戦かな(笑)

2010年6月12日土曜日

音楽と年齢

若くないといけない、とか、歳を重ねないといけない、という言説に対しては、芸術は年齢ではない、と言うことができる。
だけど、芸術は最終的に人間性だ、という時には、なにか年齢が絡んでいるように見える。

水曜日の夕方に Suma Flamenca というタイトルの一連の公演のひとつ、Manolo Sanlúcar のギターを聴いてきた。
また忘れられない演奏に出会った。
研ぎすまされた、という演奏では決してない。
前日に左半身の麻痺をもたらす発作があったらしい。

演奏の前半は、確かに、もどかしそうに弾いているというのが素人目にも分かった。
しかし、後半は。
繊細で且つ大胆。この言葉は、曖昧に素晴らしいものをさすときに便利だ(笑)
しかし、そのものであった。

フラメンコギターというのは、その力強さ故に、その強さをアピールするが故に、雑な演奏になったものを聴くことはままあることだ。
バランスなのである。
繊細な音の粒の連打と、かき鳴らすあのラスゲアードの騒音の。

そして演奏の間につぶやく、あの言葉。
高田渡を彷彿とさせる(笑)、プロの言葉。


しばらく聴き込んでみようと思う。

2010年6月10日木曜日

曇天と休暇

予想は外れるためにあるのかもしれず。
ありがたいことに、肌寒い。
連日35℃が嘘のよう。


大学は今週、来週辺りが今年度の最後の試験で夏休みに突入する。
先日日本のセンターにあたる Selectividad も行われた模様。
新年度は10月からだ。

指導教官に会いにいくと、教官室の前に学生の山。
テスト前の質問攻めである。
……少し日本の仕事のことを思い出してしまった…

スペインにいる間はこちらでしか味わえないことを沢山やろうといつも意識しているのだが。

先週の土曜日は Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía(ソフィア王妃芸術センター)に。
土曜は午後の2時半から無料。
ゲルニカを久しぶりに堪能。


次の日曜はりょうた君の出る2度目のサッカー観戦に。
勝った!


まぁ、しかし、意識すればするほど、日本の記憶も蘇り易くなるもので(笑)
そして、そろそろ、夏のスペイン訪問者達の予約連絡が届く時期。


でもこゆきはマイペース。


むむぅ。
暑い夏は日本にいるときよりも忙しいかも…(笑)