2010年9月9日木曜日

一息と秋空


バケーションでしまっていたバルが続々開いて。
また豊かなバルライフが戻って来た(笑)


連れ合いのフラメンコ仲間のご夫婦がやって来たり。


まだこの中旬までは来客が絶えないが。
気持的には、一息の我が家である。


今日はこゆきの散歩中。
見上げると高いところに秋の空。


太陽はまだまだ頑張っているけれど。
僕らはふたりとも長袖。

で、また僕の、バッタリ運、が発動しました。

実は夕べこゆきが体調を崩したのでわれわれ人間は寝られず。
昼にはこゆきは完全復調だったのだが。
散歩中珍しく、疲れたのでサン・ヒネスでコーヒーとチュロスでもやろうかと。

そしたら、「センセー!!」…

D大オー・ドブレと。ゆったり旅計画は賢明。

…会っちまいました(笑)バッタリ。
こんな意味でも、名店だ、サン・ヒネスは。

2010年9月6日月曜日

残暑と残波

残波は泡盛だ。
安くてうまい(笑)

残暑が極暑の日本は堪え難いだろうな。
メールやニュースで耳にして想像を巡らしながら。

29日朝までは5レンジャーのヨッコレンジャーとレンジャーケンがマドリードに。
28日は最後の晩餐で大好きなカサ・ミンゴで鶏をやっつける。


相変わらずうまい。


翌日は、本当は。
それから1年こちらに来るSさんとこの前来たソリアのAさんがうちに泊まる予定だったのだが。
連れ合いが疲れて少々調子を崩したので急遽オスタル(hostal:民宿、安めのホテル)に泊まってもらうことに。


連れ合いは置いて、いつものソル熊で落ち合い。

ブラブラ歩いて。
ブティファラ(butifarra:カタルーニャ産のソーセージ)の美味しいSancho Panzaで一杯やっていたら。
お散歩中の連れ合いとこゆきが入って来て(笑)


結局みんなで楽しい夕食。

そして、ここで事件が!(笑)
あまり飲めないSさんがティント・デ・ベラーノを美味しい美味しいと飲んでしまって。
結果、
「せんせ、気持悪い…」

で、「うちが近いから」、で。
で、「もう遅いしふたり共泊まって行け」、に。
次の日はAさんはソリアに帰りSさんひとりになるので、「うちに来るか?」、で。
結局、当初の予定通りに(笑)

連れ合いも寝れば体調は戻る感じで。
よかったよかった。

次の日はSさんとこゆきの散歩をしたり、5レンジャーとも行ったラ・ミ・ベンタに行ったり。


イタリアン・ジェラートのピスタチオ味が絶品だったり。


Sさんは31日の朝、マラガに向けて旅立って行った。


そしてその日の夕方。
アルカラ・デ・エナーレスに短期留学で来ているD大の3人と会いに。
9月2日に空港に送りに行く約束になっていたので、顔合わせをかねて。


みな、ホストファミリーとうまく行っていて何より。

で2日の朝、4時に!バラハス空港(笑)
のち、無事帰国の知らせ。


彼女らみんなの心に映るスペインの空の色を見てみたいなぁ。

2010年9月5日日曜日

晩夏と怒濤 10

8月27日。

早朝にD大5レンジャー、オビエド(アストゥリアス)空港に向かう。


マドリードにみな帰る。
8時にタクシーで発ったのだが、ホテルのフロントに誰もおらず(笑)
みなのカードデータを預かってなんとかした。


こゆきもどこか今日帰るのを把握している。

こゆきが車に弱いし、僕らの飛行機は夜の21:30発だったので。
僕らは FEVE(Ferrocarriles de Vía Estrecha)という狭軌鉄道でオビエドまで向かうことにした。
11時頃、出るときにはお弁当まで持たせてもらって。
Muchas gracias por todo, profa. L.

FEVE の外観については連れ合いのブログを参照ください。


ゴトゴトと激しく揺れる中、我が家族爆睡。
3時間かけて。

オビエドのサン・フランシスコ公園でお弁当。


Información(観光案内所)が開いたのを見て、コインロッカーの在り処を訊き。
荷物を置いてから。
タクシーで高台にあるプレ・ロマネスクの教会を見に行くことに。

Santa María del Naranco

来てよかった!
これは美しい。9世紀前半の建築。

オビエドの街も一望。


タクシーから降りてホッ、のこゆきも気持良さげに。


しばし美味しい空気を吸いながら。



200M登ったところにもうひとつ。

San Miguel de Lillo
こちらは礼拝堂。
なんだろう、ロマネスクは落ち着く。


ゆっくり丘を下りながら。
地図も見ず、ちょっと迷いながらもセントロに。
頭ひとつ飛び出した塔を目指して。


やはり世界遺産の大聖堂を見て、オビエドにもアディオス。

…マドリードに着いたのは23:00前。
家に着いて、24:00過ぎ。

いやぁ、怒濤の10日間でした。
これにて「晩夏と怒濤」シリーズはおしまい。

…しかしまだしばらくの間。
余波は続きます…

晩夏と怒濤 9


8月26日。

ベガデオ3日目。
やはり朝はゆっくり起きて。


12:00を目安に5レンジャーとL先生のうちへ。
この日はリア(Ría)を見に、Castropol へ。


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カストロポルは漁師町。
家々の屋根のところにポコッと飛び出しているのは、海を見るためのもの。


ガレリアという大きな出窓
カストロポルは大きな漁師の家の多い街。


皆で街をゆっくりと散策。




小高い丘の上からリアを見下ろすと、牡蠣棚が。
種は日本からも来ているらしい。


昼食はリアを望むレストランで。


リアの恵みを頂く。

ナバハ(マテ貝)

リアの恩恵にあずかり過ぎ(笑)


昼食後は、時刻表の無い船を待ち。


レストランの前から乗船。


ぐるりとリアを廻り。
湾の入り口の橋を望んで。


対岸の Ribadeo で下船。


街を散策して、車で一路ビーチへ。


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L先生が子供の頃夏を過ごした Peñarronda。


もうひとつかわいい村を見せなきゃ、とL先生。
車でベガデオの奥 Piantón へ。


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帰りは夕食に向けて、通称コレステロール通りをL先生宅まで皆で散歩(笑)
町の人が毎夕食後ウォーキングをするらしい。


大満載の一日。

2010年9月4日土曜日

晩夏と怒濤 8

8月25日。

ベガデオ2日目。
朝はゆっくり起きて。
宿泊したのは昔郷士だった人の大邸宅を改造してホテルにした贅沢な丘の上の宿。


朝食をゆっくりとって、丘を下りながらL先生のうちに。


この日は山をひとつ越えて南に行ったところにある Taramundi という街に。
もともと鉄鉱石が採れた村で、ナイフや包丁などの刃物が名物。


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L先生のお姉さんのMアンも一緒に。


農家の古い建物やローマ時代から残る水車が保存される街。

アストゥリアス式納屋(台形)
ガリシア式納屋(長方形)

ベガデオ、タラムンディはアストゥリアス地方と西のガリシア地方の境界にあるので、微妙に違う建築様式が共存する。


ねずみ返しは世界共通?


この日のアストゥリアス地方は稀に見る暑さで。
しばし日陰で休憩。

川で冷やされる Sidra(シドラ:リンゴ酒、シードル)も魅力的。


そして、みなでガイド付きの水車小屋見学ツアーに。


すばらしい工夫が。
ひとつの水流で3つも4つもの動力を取る。


お昼は、山の上のレストランで美味しいアストゥリアス、ガリシア料理。

カルド・ガジェーゴ(ガリシア風煮込み)
子牛のステーキ


日本にありそうでどこか違う山間の景色。


夕方ホテルに帰ると、さらに大きな部屋が用意されていて。
一日目は手違いだったらしい。
うれし。


ワインディングに弱いお留守番こゆきも大満足の午睡。


夜に5レンジャー到着。サンティアゴ・デ・コンポステーラから。
…正確には…たまレンジャーがオープンキャンパスのために日本に帰り。¡Madre Mía!
…4(フォー)レンジャー。


ま、代わりに僕が入って5レンジャーにしとこ…